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Kiyomizu Rokubei

Rare! Meiji p. Vase Set ー三代 清水 六兵衛 "色絵花鳥文花瓶"

Rare! Meiji p. Vase Set ー三代 清水 六兵衛 "色絵花鳥文花瓶"

Item Code: K1507

税込。

江戸時代後期から明治時代中期にかけて制作された三代 清水 六兵衛による鳳凰と花が描かれた一対の胴丸花瓶です。箱書きは七代目当主によるもので、「色絵花鳥文花瓶」と記されています。サイズは16 x 16.5 x 31 cmで、保存状態は良好です。

三代 清水 六兵衛 (栗太郎、1820-1883)は 二代 六兵衛の次男として京都に生まれました。1838年に18歳で父よりも若くして家業を継ぎました。これは幕末、江戸幕府崩壊の始まりであり、京都はこの激動の時代の中心地となります。無頼漢、反乱者、改革派、勤皇の志士たちが街中で騒乱を起こし、外国勢力が不平等条約を盾に徳川将軍に圧力をかける中、市中で戦闘が繰り広げられました。長崎の開港地を通じて蘭学によって多くの先進技術が日本にもたらされ、1853年のペリー提督来航以降は開港地が次々と増加しました。1868年に江戸幕府が倒れ、都は東京に移されました。三代目 六兵衛は先祖が使用していた印章の文字を利用し、また活動拠点としていた地域の名前をそのまま取り入れる形で、姓を清水に変更したと言われています。先代の伝統を守りつつも近代化の利点を認識しており、1868年には宮川 (真葛) 香山と共に横浜へ赴きました。しかし、事業全体を横浜に移した香山とは異なり、六兵衛は京都に留まることを決断しました。現代的な様式や西洋の嗜好に合わせた作品も制作しましたが、日本的な美意識を重視した比較的保守的な作風を維持しました。(1879年のグラント元米国大統領来日時には、陶器の制作を依頼された作家の一人でした。) 磁器の制作に秀で、その生涯において数多くの国内展覧会やパリ、シドニー、アムステルダムでの国際展でも受賞し、高く評価されました。先人たちと同様に当時の京都の美術界の中心人物であり、作品の多くは当時の著名な絵師によって装飾されました。歌人・芸術家・尼僧である大田垣 蓮月による重要な作品も六兵衛の工房で制作されました。作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館、京都国立博物館、アシュモレアン博物館などに所蔵されています。

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