{"product_id":"guinomi-sake-cup-chidori-naku-ー太田垣-連月-盃","title":"Guinomi Sake Cup, Chidori Naku… ー太田垣 連月 “盃”","description":"\u003cp\u003e淡い釉薬のかかった小さな器には千鳥が波間を飛び交う様子が描かれ、太田垣 連月の歌が刻まれています。絹の袋に包まれ、古い木箱に納められています。歌は以下の通りです。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cem\u003e千鳥なく\u003c\/em\u003e\u003cbr\u003e\u003cem\u003e鴨川堤\u003c\/em\u003e\u003cbr\u003e\u003cem\u003e月更けて\u003c\/em\u003e\u003cbr\u003e\u003cem\u003e袖におぼゆる\u003c\/em\u003e\u003cbr\u003e\u003cem\u003e夜半の初霜\u003c\/em\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこの杯は直径7cm、高さ3cmで 極めて良好な状態です。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大田垣蓮月(1791-1875)は武家の生まれで、生後すぐに大田垣家に養子として入り、幼少期は亀岡城の女官として仕え裕福な婦人にふさわしい教育を受けました。非常に美しいと評判だった蓮月は結婚して3人の子供を授かりましたが、20歳になる前に夫と子供たちは全員亡くなりました。再婚してもう一人の娘を授かりましたがその子も亡くなり、夫も彼女が32歳の若さで亡くなりました。悲しみに暮れた蓮月は髪を切り、知恩院の尼僧となり出家して蓮月と名乗りました。しかし、これは終わりではなく、彼女を19世紀日本の文人芸術界の頂点へと押し上げる芸術家、詩人としてのキャリアの始まりに過ぎませんでした。\u003c\/p\u003e","brand":"Otagaki Rengetsu","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50880086180087,"sku":"K1392","price":102600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0658\/7472\/3063\/files\/2026-05-2016.20.40.jpg?v=1785386652","url":"https:\/\/kuramonzen.com\/ja\/products\/guinomi-sake-cup-chidori-naku-%e3%83%bc%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%9e%a3-%e9%80%a3%e6%9c%88-%e7%9b%83","provider":"Kura Monzen Gallery","version":"1.0","type":"link"}