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Kano Shosenin Tadanobu

四季の4つの風景 ー狩野勝川院雅信「四季山水之圖」

四季の4つの風景 ー狩野勝川院雅信「四季山水之圖」

Item Code: L200

税込。

狩野正泉院忠信筆による四季を描いた四季山水図四季山水四季山水図の繊細な描写。四季の花々をあしらった「四季山水図」と題された木箱に収められ、酒井芳悦の筆跡が添えられています。絹本に顔料で彩色され、縁は上質な絹本に朱漆塗りの軸装が施されています。本幅は65cm×215cm(26×84.5インチ)で、絹本表装に完全に修復され、良好な状態を保っています。

狩野正泉院忠信(1823年 - 1879年)は、幕末から明治維新にかけて活躍した狩野派木挽町流を代表する絵師である。狩野長信の長男として生まれ、幼名は栄次郎、のちに勝川、勝川院、宗勝斎、勝光と号した。父の薫陶を受け、天保10年(1837年)に官職につき、翌年には江戸城西の丸御殿の障壁画制作に参加した。天保13年から14年にかけては本丸御殿の装飾に中心的な役割を果たし、その功績により法眼の号を贈られた。弘化3年(1846年)父の死後、木挽町狩野家10代目当主を継承した。その後、1852年の西の丸御殿をはじめとする江戸城の大規模工事を指揮し、1860年には法印に列せられました。御用絵師としての輝かしい経歴は、明治維新後の江戸狩野派の解体によって中断されました。1872年に家督は没収され、その後は妻の実家に居住しました。 1870年代後半には、アメリカ合衆国博覧会事務局、内国勧業博覧会事務局、そして1879年には大蔵省の事務官を歴任しました。門下生には、狩野芳崖(1828–1888)、橋本雅邦(1835–1908)、木村律岳(1828–1890)、狩野秋信(1840–1891)など、近代日本絵画の発展に中心的な役割を果たす画家たちが数多くおり、彼らは総じて「勝川四天王」と呼ばれています。代表作には大徳寺大延庵の襖絵「牛飼十図」があり、ライデン国立民族学博物館、バウアー・コレクション、下関市立美術館、静岡県立美術館などに所蔵されています。また、ボストン美術館にも相当数の作品が所蔵されています。江戸狩野派の最後の巨匠として知られる彼の経歴は、江戸時代後期の将軍の絵画工房から明治初期の進化する絵画の伝統への移行を明らかにしています。

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